最後に伝えたいのは、そう、――Blueberry Girlsと紡ぐ恋物語

Blueberry Girls(以下ブルガ)と最初に出会ったのは2024年3月19日、SHIBUYA PLEASURE PLEASUREの対バンでした。ブルガはまだプレデビュー期間。このときの記憶はほとんど残っていません。数多くあるアイドルグループのひとついう印象でした。

その翌月、4月29日にブルガは本デビューを果たします。

KSDDとして各地を走り回っていたわたしがブルガと次に出会ったのはそれから約5ヶ月後。

2024年9月、ハチ公前でブルガメンバーの橘なごみさんからビラをもらいました。

もちろんなごみさんと出会えたのは偶然です。さらに偶然は重なるもので、翌日に行く対バンにブルガも出演予定になっていました。タイテもお目当てグループの近くです。

明日ブルガを見ることをなごみさんに伝え、それがブルガと歩む物語のはじまりになりました。

幕を開けましょう、偶然の出会いから「やっとお家に来てくれた」と言われるまでの物語を――

はじめてのBlueberry Girls

なごみさんからビラをもらった翌日のブルガのライブ。恐ろしいぐらいに静かでした。場所はプレデビュー期間中に見たときと同じSHIBUYA PLEASURE PLEASURE。ここは椅子がふかふかで居心地が良く、座っているお客さんが多いです。そこでわざわざ立ち上がって声を出すのも大変。しかも平日昼間とアウェーな条件が揃いまくっていました。

とはいえ、かわいそうなぐらいに静かだったことを覚えています。

声出しヲタクとしてばちばちやっていた自分としては、曲さえわかれば……!と悔しい気持ちになりました。そのあとなごみさんに、「昨日ビラをもらった者です」とはじめまして。まさか本当にくると思わなかったのか、すごく喜んでくれたのが印象的でした。

そのときのチェキツイ↓。

それからわずか6日後。ブルガがトリの対バンに参加しました。さすがにこの時間ならファンの方もたくさん集まるはず。そこでどんな風に盛り上げているか勉強させてもらうつもりでした。

でも、まだコールが固まっていないのか、それとも先導できる方がいなかったのか、そこにいたファンの方も探り探りで入れているのがわかりました。

ちなみにわたしがYou’re Shinyの2サビ後に打っている「ジャパニーズ倍速表裏→日本語MIX」はこのときに聞いたもので、お、これは合うなとそれから使い続けています。

その後、主現場とかぶることがあれば見るぐらいの頻度でブルガに通うことになります。当時を振り返ると、ブルガは静かな現場が多かったです。変にMIXやコールを入れずじっと聞く。最初はそういう現場なのかと思いましたが、盛り上がる曲でも静かなのはちょっと居心地が悪い……

そして、約3ヶ月ほど現場に通ったうえでの結論。

よし!好きにやるか!

「KSDDがでしゃばるな」

ただ好きにやるにしても葛藤がありました。自分は超絶KSDD。そんな自分がコールを引っ張るのもよくありません。

そう思うのには理由があって、とあるグループのファンの方にtwitterで名指しで言われたことがあります。ひと言で言うなら「KSDDがでしゃばるな」。

正直そのときはムカっときました。KSDDの自分が目立たないぐらいにそちらのファンで盛り上げればいいじゃないですかと。それもできずになにこそこそSNSで悪口書いてるんですかと。そりゃもう激おこぷんぷん丸(死語?)でした。

ただ落ち着いて考えると、確かにとも思ったんです。別にでしゃばるつもりはなかったですが、結果的にそう見えていたのは事実。他に主現場のある人間が先導していたら、そこのファンの方からしたら良い気がしないと思います。

後日談としてわたしはその現場から離れました。いまどうなっているかはわかりません。特に知る必要もないと思っています。極論、メンバーとそこに通うファンの人たちが納得しているならそれが正解です。

話を戻します。

そういったこともあって、好きにやるにしてもそこまで本気でやるつもりはありませんでした。言い方は悪いですが、適当に遊ぶ。出しゃばり過ぎると上記の現場のように離れるしかなくなります。

ところが、です。

忘れもしません。2025年2月28日。奥さんの誕生日なのにライブに行った日です(ダメ夫……)

会場はGOTANDA G7。ブルガファンの方がほとんどいません。というよりフロアが本当に寂しい。余裕で一般エリアのド真ん中がとれました。

ただ困りました。ブルガでこんな真ん中に立ったことがありません。ここは「遊ぶポジション」ではなく「引っ張るポジション」です。

でもまあなんとかなるかと甘く見ていたら、1曲目でおもいっきりミスってプチパニック。2曲目は当時聞いたことのない曲でした。わからなければ黙っていればいいのに、おもわずスタンダートを打って尺が合わない、リズムもとれないと散々。後ろから笑い声が聞こえたのを今でも覚えています。

もうそこで自己嫌悪に陥り、そこからなにもできませんでした。

当時こんな感想をツイートしてます。

勉強不足……ブルガ好きなのに、こんなに好きなのに、まだMIXやコールを覚えきれていません……先導の方がいないと何もできない曲が幾つかあります……まじで覚えます……今日の悔しさ絶対に忘れません……

本腰を入れてブルガを応援しようと決めた日です。

傷つかないためだけにサヨナラを選んだんだ

まずはブルガの曲をすべて並べて、自分なりにMIXを組み、それを頭に叩き込みました。ライブでも自分が先導のつもりで発動しました。いつまでも他人任せではまた同じ失敗をします。

でもやっぱり頭の片隅には常にあの言葉がありました。「KSDDがでしゃばるな」。

それでも、1曲1曲真剣に向き合い、最大限曲の魅力を引き出せるように考えました。現場で浸透しているMIXも、こちらのほうが良いと思えば現場で違うMIXをぶつけました。なにも入らないところにも入れました。

けど、それこそまさに「でしゃばる」ことです。きっとブルガファンの方には嫌われてるだろうな……そう思いながらも、自分なりにブルガを盛り上げるために試行錯誤しました。

そんななか迎えた2025年4月22日、Blueberry Girls1周年公演「春、あなたを思い出す」。電車の遅れで途中からの入場になりましたが、会場の恵比寿CreAtoについてびっくり。超満員です。入口付近で留まることしかできませんでした。

声出しの中心地に行けず隅っこで見ながら、気持ちがすっと落ち着いたのを覚えています。今までは自分がなんとか引っ張ろうと背負っていました。でもブルガのフロアを客観的に見たとき、そんな気負わなくてもいいんだと思えました。もうブルガのフロアはじゅうぶんに熱くなっています。

むしろ自分の存在が不協和音に思えてしまいました。ただそれはマイナスな意味ではなく、変な気負いが抜け、そうか、自分がでしゃばるところじゃなかったんだと気づいた瞬間でもあります。これからは肩の力を抜いて楽しもうと思いました。

ワンマンから数週間後の6月9日、新メンバー3名の加入にともない新しいファンの方たちも増えてフロアの様子は変わりました。フロアを引っ張れるヲタクさんも現れてきた。それはとても良い傾向です。ブルガはますます熱くなると思いました。

でも、自分自身は正直迷っていました。どう新体制ブルガと向き合っていくのか。

そんな折、ある対バンが自分の気持ちを固めてくれました。どんな気持ちが固まったのか。ブルガとサヨナラしようという気持ちです。

それは8月6日のDHNoA。

わたしが知る限り、外部対バンのブルガで一番の盛り上がりだった日です。

実はこのときブルガファンの方は決して多くありませんでした。でもフロアには声を出せるヲタクさんたちが勢揃いしていた。自分がそこに火をつけました。でしゃばらないようにしようと決めたのに、以前に自分で考えたMIXを打って、ひたすらその方たちを巻き込みました。

結果――

と、さあやさんがライブ直後にツイートするほど盛り上がりました。よっしゃ盛り上げた!という実感とともに、ああ、またでしゃばってしまったという後悔がありました。

ブルガ現場で浸透しているMIXを完全に喰ってしまった。またブルガファンの方たちに申し訳ないことをした……そして思いました。

楽しかったのにこんないちいち落ち込むなら、ブルガとサヨナラしよう――

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「やっとお家(ブルガ)に来てくれた」

それからブルガとは距離を置くヲタ活になりました。対バンで見ることはあっても、以前のように前でがつがつやらずに中心から離れる。特典会にも行かなかったです。正直なにを話していいかわかりませんでした。

別にブルガを嫌いになったわけではないです。むしろ大好きです。大好きだからコールひとつMIXひとつとっても強いこだわりがあります。それを叫びたい気持ちはあっても、あの言葉が呪いのように頭にこびりついて離れません。

以前、人が少なかったときとは状況が違います。あの頃は引っ張るヲタクさんが誰もいないライブが多かったからこそ好きにやれました。でも今はしっかり先導できるヲタクさんが揃っている。そこで別なMIXをかぶせてはそれこそ不協和音です。

現場によってはMIXのぶつかりあいで熱を生むところもありますが、ブルガは一体感を大事にしている現場に感じてました。自分はその一体感を乱している……

だから2025年10月17日、ツアーファイナル公演は当初、行かないつもりでした。いま思えば、ここで本当に行かなかったら、それこそブルガと本当のサヨナラになっていたと思います。

でもライブのお誘いもあって、迷いながらも行くことに決めました。

当日、どう楽しもうかとやや複雑な気持ちを抱えながら会場の赤羽ReNY alphaへ。入場順としては最後の紙チケットでしたが、スペースがあったのでするすると一般エリアのかなり前のほうへ。

ここまでくると覚悟が決まります。よし、今日はひたすら周りに乗っかろう。余計なこだわりを捨てよう。ブルガの集大成を見せるツアーファイナルです。フロアでひとつになって盛り上がろう。そう決めてました。

なのに……メンバーが登場した瞬間、完全にブレーキが壊れました。感情のままに叫んでいました。

曲がわからずにただ聞くしかできなかったあの日のライブ。MIXを間違って落ち込んだあの日のライブ。自分の声しか聞こえなかったあの日のライブ。思い出が怒涛のようによみがえりました。

ブルガが好きです。こんなにも好きです。主現場じゃないと遠慮しながらも、実際にライブがはじまるとじっとしてられないほど好きです。それに気づかせてくれたのはワンマンがあまりにすばらしかったから。ひたすらに心を揺り動かすパフォーマンスに触れ、ブルガを好きな気持ちをこれ以上、隠すことができませんでした。

そもそもなんで隠していたのか……KSDDだから……またでしゃばるなと怒られるのが嫌だから……

そのとき、ふと思い出すことがありました。『死ぬまできっと忘れらんないな』特別SE。なごみさんの台詞。

「あなたがくれた優しさに、わたしは何度も救われていたよ」

わたしは「あなた」になれていたのでしょうか。ブルガを、なごみさんを少しでも救えていたのでしょうか。勝手に背負って、勝手に悩んで、勝手に距離を置いて、そんな面倒な自分でも、その言葉をかけてもらえるのでしょうか。

ブルガの優しさに甘えていたのは自分です。救われていたのは自分です。どれだけブルガのライブに、ブルガの楽曲に励まされてきたかわかりません。

だったら、なごみさんのその言葉に相応しい自分になりたい。

主現場じゃないから遠慮する……それじゃ遠慮しないために主現場にすればいいだけの話です。

呪いを乗り越えるにはこれしかありません。

KSDDがでしゃばるな……主現場ででしゃばってなにが悪い!

このワンマンのタイトルは「やっとお家に来てくれた」。

やっとお家(ブルガ)に来てくれた。

メンバーにそう言われた気がしました。

最後に伝えたいのは、そう、――

2025年5月2日――

パラレルサイダーの夢月まゆさんが卒業しました。自分にとってまゆさんはこれまでのヲタ人生でもっとも強く推したアイドルさんです。行けるライブは全部行きました。毎回限界を越えてコールしました。悔いはなにもありません。自分なりに推しきったと自信を持って言えます。

だからこそ、最後、なにを話していいかわかりませんでした。いつものように「また次のライブで!」とは言えません。いったいどんな言葉で見送ればいいのか。まるで思いつきませんでした。

そんなとき『ラストダンス』に出会いました。ここにすべての答えが詰まっていました。

いつかきっとブルガとお別れする日がやってきます。それは避けようがありません。でもそのときに伝える言葉はもう決まっています。

偶然出会い、偶然ビラをもらい、そして主現場として全力を注げるグループになった。

振り返れば、

『初めて出会った時から 光り輝くあなたの事が ずっと好きでした。』

そう思います。

ブルガはずっと輝いていました。

その輝きに魅せられ、そしていまも輝きのなかにいます。

この先、別々の道を歩むことになっても、アイドルとファンの関係に終止符が打たれ、二度と会えなくなったとしても、ブルガと一緒に歩んだ記憶が消えることは決してありません。

死ぬまできっと、いや、その先も。

ブルガに出会えて幸せです。

そんなブルガに最後に伝えたいのは、そう、――

『ありがとう。』

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